Sunday, July 31, 2011
Saturday, July 30, 2011
Friday, July 29, 2011
Thursday, July 28, 2011
Wednesday, July 27, 2011
Tuesday, July 26, 2011
Monday, July 25, 2011
NIGHT RUN
Sunday, July 24, 2011
Saturday, July 23, 2011
+
Friday, July 22, 2011
Thursday, July 21, 2011
Wednesday, July 20, 2011
TURQUOISE
Tuesday, July 19, 2011
Monday, July 18, 2011
Sunday, July 17, 2011
Saturday, July 16, 2011
Friday, July 15, 2011
+
支援物資のお願いです。
サンプル化粧品を集めたいと思います。
使わないものがあればぜひお願いします。
自分だったら。。。と考えた時,化粧品が欲しいと思いました。
実際、化粧品配布の時は大盛況のようです。
ボトルタイプでももちろんOKです。
でもサンプルなら無理なく集めれるかな。
シャンプーなどもあればうれしいです。
とりあえず
今月末まで集める予定です。
よろしくお願いします。
サンプル化粧品を集めたいと思います。
使わないものがあればぜひお願いします。
自分だったら。。。と考えた時,化粧品が欲しいと思いました。
実際、化粧品配布の時は大盛況のようです。
ボトルタイプでももちろんOKです。
でもサンプルなら無理なく集めれるかな。
シャンプーなどもあればうれしいです。
とりあえず
今月末まで集める予定です。
よろしくお願いします。
Thursday, July 14, 2011
DIX/VINGT&DROPS
Wednesday, July 13, 2011
Tuesday, July 12, 2011
Monday, July 11, 2011
TURQUOISE
Sunday, July 10, 2011
Saturday, July 09, 2011
PIN
Friday, July 08, 2011
+
活動最終日、
チーム北海道とはお別れ。
さて,今日はやはり同じ宿で出会った J氏に
陸前高田の隣町,大船渡へ連れてってもらう。
避難所となっている大きなホールでの炊き出しのお手伝い。
調理場でたくさんのボランティアの人達と大量の野菜を切る作業。
過去の経験が活かされてない最も不得意分野(汗)
モタつかんよう必死だった。。。
その後、仮設住宅へのお弁当配達に同行。
大船渡の街は陸前に比べてまだまだヒドイ状況だった。
仮設住宅にいくとおばちゃんらが集まってきた。
このお弁当配達の話もうまく伝わってなかったり
住居の雨漏りやアリ被害など問題はたくさんある。
別の仮設住宅で会ったおばちゃんは
3.11から待っても待っても誰も来なくて
やっと届いたと思ったらおむすびひとつ。
「人の助けなんていらない,自分でどうにかする」
淡々と語った彼女の言葉は辛かった。
ここ大船渡には次回また行く予定。
自分にしかできんことをやりたい。
ボランティアの人たちや地元の同世代の友人もできて
これから情報交換していきたい。
J氏内容濃い一日経験させてくれて感謝します。ありがとう!
今うちで続けている義援金、今後これは物資に変えて送ります。
こっちに戻ってすぐボスと話し合ったことです。
必要な物資は日々変わります。
長く続けていく為にも
どこかの一家族に必要な物資だけでもいいと思う。
ウチもまずはそうします。
今回知り合った大船渡の友人に欲しいものを聞いたらね,
香りのよいお線香がいいって返事だった。亡くなった人への想いです。
正直予想しないものだった。
いきたくてもいかれん人,いけんでもやれることはいくらでもある。
いける人,やれることは山のようにある。
こんなウチでも出発数日前から東北の情報を見ないようにしてた。
自分にできることなんてあるのか自信なくしそうになり不安になった。
でもいってきた人に背中押してもらった。
常連FLSTSCさん、井上さん,ありがとう☆
Thursday, July 07, 2011
+
3日目は避難所となってた公民館の掃除。
畳を干したり窓ふき台所掃除など。
得意分野の掃除片付け、役に立ったかな。
4日目,別の公民館の掃除。
今日も台所掃除かと思いきや。。。
現地へ着くと,天井近くまで津波がきたという公民館。
中にあったものをすべて外にだして泥を取り除く作業だった。
流れ着いたアルバムなのか,
助かったかどうかも分からない人の結婚式や赤ちゃんの写真などの
泥を拭き取りながら
本人がまたこのアルバムを見てくれることを祈るしかなかった。
作業を終えた後、
震災直後、報道で何度も見た高田病院に行った。
4階建ての建物その4階まで津波が達した映像は忘れられん。
助かった人達が屋上で孤立していた病院だ。
チーム北海道メンバーは入ってったがウチは入る気になれず外で待った。
戻って来たメンバーのひとりが携帯にメモしたものを見せてくれた。
「屋上の窓に描いてあったよ。。。」
そこには,津波で大切な人を失いその人へ描いたと思われるメッセージ。
ここに載せることを迷ったがやっぱりやめとく。
一瞬で失うって想像できん。
けど津波は現実だったんだと思わせるものだった。
受け止めんとね。
大切な人が当たり前にそばにいること改めて感謝したい。
Monday, July 04, 2011
+
ヤジ馬的に思われても構わんけど
とにかく見たいという気持ちが強くでていた。
東北行きを決めた途端自分は何をどうしたいのか見えてきて
とりあえず行き先を決めることに。
でもボランティアを受け入れる場所や情報の多さに戸惑い,
安易といわれそうじゃけど地図を見て
最初に目に入った場所に行こうと決めた。
それが岩手県の陸前高田市。
地元のボランティアセンターを通し依頼主の元へ行き活動した。
ひとり公共乗り物乗継いで行き,現地での移動手段に困ってたところ
北海道から会社で来たチームに出会い
頼んで同乗させてもらい一緒に行動した。
初日、山深い場所にあるボランティアセンターから依頼主の元へ移動。
渓流望みながらの山道,ツーリングにいい道じゃなぁって眺めていると
急に景色が変わった。
辺り一面瓦礫だらけ,ものすごい高さの瓦礫の山、そして潰れ果てた車。
こんなとこまで津波がきたのか,
3ヶ月経つのにまだこんな状況なんだと絶句。
依頼は防波堤すぐ内側の瓦礫撤去、依頼された土地範囲のみをやる。
すべての人がボランティアを希望してはいない。
自分の土地に勝手に入ってほしくない人もいるからだ。
依頼主のおじちゃんと津波がきた時の話や世間話をしつつ
チーム北海道とウチで8人、狭い範囲あっという間に撤去片付く。
「明日もお願いねぇ〜」おじちゃんにいわれ
2日目。おじちゃんはまた同じ場所で「今日も頼むよ〜」と言いながら
昨日と同じ話、津波の話世間話を繰り返し繰り返ししてた。
さすがに片付けるものはなくなる。でもいわれた範囲外は瓦礫だらけ。
勝手に片付けるわけにもいかず
無駄な動きをしてるもどかしさいっぱいだった。
しっかりやりきって帰りたい気持ちがやはりあったからね。
でもそんな気持ちが完全になくなったのは二日目の活動終了時間
おじちゃんが現場に戻って来た時だった。
片付いた場所を一度も見ることなくウチらに向かって
「明日もお願いねぇ〜」そして同じ話を繰り返し。。。
そん時やっと気がついた。
このおじちゃんは撤去してほしいんじゃない,話したい会いたいんだって。
ボランティアを受け入れてくれる無料宿で皆で雑魚寝、
各地からきた人らと話し合った。
依頼の仕事の中には話し相手を希望してくる人もいるらしい。
もちろんしっかりやってほしいと求めとる依頼主もいるだろう,
それぞれ皆違う。
相手が何を求めとるのか察して動くことにした。
3日目。。。察してみるが。。。
おじちゃんには申し訳ないがさすがに他の依頼を選んだ
Sunday, July 03, 2011
+
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